「増収なのに、なぜか預金が減っている」——年商1〜10億円の会社でよく起こる現象です。原因は運転資金、つまり入金を待つ間に会社が立て替えている現金の増加にあります。本コラムでは、①必要運転資金の計算式と自社の数字の集め方、②増収時に追加で必要になる金額の出し方、③手元資金との差額を埋める打ち手の順番、④銀行に説明できる根拠の作り方をお伝えします。決算書と試算表があれば、30分で自社の適正水準を概算できます。

結論:必要運転資金は「売上の大きさ」ではなく「立て替え日数」で決まる

必要運転資金の額を決めるのは売上規模ではありません。支払いが先に出て、入金が後から来るまでの日数です。同じ年商3億円でも、この日数が30日の会社と90日の会社では、必要な現金が3倍違います。

運転資金とは何か

運転資金とは、材料を仕入れて代金を払ってから、売った代金が入金されるまでの間、会社が自分の現金で立て替えている金額です。決算書には「運転資金」という科目はありません。売掛金・棚卸資産・買掛金という3つの科目に分かれて隠れています。

運転資金=立て替えている期間 在庫期間 売掛期間 運転資金 =この期間、自社の現金で立て替えている 仕入 支払日 現金が出る 出荷 入金 現金が戻る 支払が先、入金が後。この差が大きいほど必要な現金は増えます
図1:支払日から入金日までの立て替え期間が、そのまま運転資金になる

計算式は2つ、どちらでも同じ答えになる

【在高(ざいだか)方式】
必要運転資金 = 売掛金 + 棚卸資産(在庫) - 買掛金

【回転期間方式】
必要運転資金 = 1日あたり売上高 ×(在庫日数 + 売掛金の回収日数 - 買掛金の支払日数)

在高方式は「今いくら必要か」を出すのに向き、回転期間方式は「どの日数を縮めればいくら減るか」を検討するのに向きます。カッコ内の日数はCCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル=現金化までの日数)と呼ばれます。この日数が利益に与える影響は利益が残らない5つの穴と現金化までの日数で解説しています。

「月商3ヶ月分」という目安が当たらない理由

ネット上でよく見る「運転資金は月商の3ヶ月分」という目安は、業種と取引条件を無視した平均値です。現金商売の小売業なら月商1ヶ月分でも回りますが、在庫を持ち回収が長い製造業・建設業なら4ヶ月分でも足りません。目安ではなく、自社の日数で計算してください。

自社への問い:自社は、入金と支払のどちらが先に来る取引が主力ですか。

自社の必要額を出す|集める5つの数字と計算手順

用意するのは決算書と直近の試算表だけです。必要な数字は5つ——①売上高、②売掛金(受取手形を含む)、③棚卸資産、④買掛金(支払手形を含む)、⑤手元現預金。

計算例:A社(金属加工業・年商3.3億円・従業員35名)

表1:必要運転資金の算出

項目金額・日数計算
年間売上高330,000千円
1日あたり売上高904千円330,000÷365
在庫日数45日棚卸資産÷1日売上
売掛金の回収日数60日売掛金÷1日売上
買掛金の支払日数30日買掛金÷1日売上
立て替え日数(CCC)75日45+60-30
必要運転資金67,800千円904×75日

A社の必要運転資金は約6,780万円。月商(27,500千円)の約2.5ヶ月分です。

手元資金と比べて「不足額」を出す

必要額を出したら、それを何で賄っているかを確認します。

表2:必要額と調達手段の対応

項目金額
必要運転資金67,800千円
うち短期借入金でカバー40,000千円
自己資金で立て替えている額27,800千円
手元現預金35,000千円
自由に使える現金約7,200千円
必要運転資金と手元現預金の関係 短期借入でカバー 40,000 自己資金で立替 27,800 必要運転資金 67,800千円 同額が預金から拘束される 立替に拘束 27,800 自由に使える 7,200 手元現預金 35,000千円 預金残高=使える現金、ではありません(単位:千円)
図2:預金3,500万円でも、自由に動かせるのは約720万円=月商8日分

A社の預金残高は3,500万円ありますが、そのうち2,780万円は在庫と売掛金に姿を変えて動かせません。実際に自由に使えるのは約720万円=月商8日分。この状態で大口の支払いや設備の故障が重なれば、資金ショートは一気に現実になります。

自社への問い:自社の必要運転資金は、月商の何ヶ月分でしたか。

最大の見落とし|増収・仕入高騰で増える「増加運転資金」

増収は資金を消費します。 これが「売上が伸びるほど資金が減る」の正体です。

計算式

増加運転資金 = 増えた売上高 × 立て替え日数 ÷ 365日

A社が売上を1割(33,000千円)伸ばすと、追加で必要な運転資金は
33,000千円 × 75日 ÷ 365日 ≒ 6,800千円

営業利益より増加運転資金が大きいと、黒字でも現金は減る

A社の当期営業利益が4,800千円だとすると、増加運転資金6,800千円を下回ります。差額2,000千円は、借入か手元資金の取り崩しで埋めるしかありません。帳簿は黒字なのに預金が減るのは、この構造によるものです。

同じことは、仕入単価の上昇、新規事業の立ち上げ、賞与月、大口案件の受注でも起こります。いずれも「支払が先、入金が後」の金額が膨らむからです。なお、月次試算表を見ていてもこの動きは捉えられません。理由は試算表を見ていても資金ショートが防げない理由で解説しています。

自社への問い:直近の増収局面で、増加運転資金を計算してから受注しましたか。

必要額に届かないときの打ち手|順番を間違えない

結論は「①見える化 → ②時間を買う → ③構造を直す」の順番です。順番を飛ばして借入から入ると、金額の根拠を示せず、銀行の評価も下がります。

① 見える化:不足する「日」と「額」を確定させる

週次または日次の資金繰り表で、現金がどの日にいくら足りなくなるかを特定します。「なんとなく足りない」では調達の交渉ができません。具体的な手順はExcelで30分、資金ショートする日が分かる日繰り表の作り方をご覧ください。

② 時間を買う:運転資金は短期で回すのが原則

運転資金は毎期繰り返し必要になる資金です。長期借入で毎月返済すると、返済のたびに現金が減ります。当座貸越(極度枠)や短期継続融資のように、枠として持ち続ける形が本来の姿です。

③ 構造を直す:3つの日数を動かす

表3:日数改善の効果額(A社の場合)

打ち手改善幅現金化される額
在庫日数の短縮(滞留品の処分・発注ロット見直し)45日→35日9,040千円
回収サイトの短縮(締め日・支払日の交渉)60日→50日9,040千円
支払サイトの延長(仕入先との条件交渉)30日→40日9,040千円
合計75日→45日約27,100千円

日数を30日縮めれば、借入なしで2,700万円の現金が生まれます。運転資金対策の本質は、調達ではなく日数の短縮です。

やってはいけない2つ

  1. 設備投資の代金を運転資金の枠で払う(枠が塞がり、本来の支払いに使えなくなります)
  2. 不足の理由を説明せずに追加借入を申し込む(原因不明の資金不足は、銀行が最も警戒します)

自社への問い:上の3つの日数のうち、来月から動かせるのはどれですか。

自社診断|10問チェックリスト

表4:必要運転資金チェックリスト

#質問YES/NO論点
1自社の必要運転資金の金額を即答できない算出
2在庫日数・回収日数・支払日数を計算したことがない算出
3棚卸を月次で行っていない在庫
41年以上動いていない在庫の金額を把握していない在庫
5得意先ごとの入金サイトを一覧にしていない回収
6入金より先に支払が来る取引が主力にある回収
7増収・大口受注の前に必要資金を試算していない増加分
8運転資金を長期借入で毎月返済している調達
9当座貸越などの枠を持っていない調達
10銀行に借入額の根拠を数字で説明できない説明

判定の目安

YESの数状態次のアクション
0〜2個管理できている日数短縮の実行に進む
3〜5個一部が見えていない必要額の算出と資金繰り表の作成から
6個以上資金管理が未整備まず見える化。経営診断で課題と優先順位を整理するのも有効です

自社への問い:YESが多かったのは、算出・在庫・回収・調達のどこでしたか。

資金調達で使える制度と留意点(2026年7月時点)

制度選びは必要額と使途を確定させた後にしてください。順番が逆になると、金額の根拠を説明できないまま条件の悪い借入をすることになります。収益構造そのものに課題がある場合は、収益構造を可視化する経営改善支援から入るほうが近道です。

主な選択肢(2026年7月時点で確認できる情報)

  • 日本政策金融公庫の運転資金融資:国民生活事業・中小企業事業のいずれにも運転資金に使える融資メニューがあり、業況が一時的に悪化した企業向けの「セーフティネット貸付(経営環境変化対応資金)」も設けられています。利率は金融情勢により定期的に改定されます。(出典:日本政策金融公庫「融資制度一覧」「主要利率一覧表」)
  • 信用保証協会の保証付融資:金融機関からの借入に公的な保証を付ける仕組みで、当座貸越の枠に対応する保証もあります。売上減少などの要件に該当する場合の「セーフティネット保証」は、対象業種が定期的に見直されます。(出典:中小企業庁「経営安定関連保証(セーフティネット保証制度)」、各都道府県信用保証協会)
  • 経営改善・再生に関連する保証制度:計画の策定を前提に保証料率の優遇等が受けられる制度があります。取扱期間が区切られている制度も多く、終了・改正が頻繁です。(出典:中小企業庁、各信用保証協会)
⚠️ 利率・保証料率・限度額・要件・取扱期間は年度および制度改正ごとに変わり、すでに終了している制度もあります。申込時は日本政策金融公庫および各信用保証協会が公表する最新の要領を必ずご確認ください
⚠️ 借入条件の判断、支払サイト変更の交渉、契約条件の見直しには税務・法務上の論点が伴い、個別事情で結論が変わります。顧問税理士・弁護士等の専門家に必ずご確認のうえ判断してください。本コラムは一般的な情報提供です。

自社への問い:いま検討している借入は、5つの数字のどこを埋めるためのものですか。

まとめ|運転資金は「感覚」ではなく「日数」で決める

  • 必要運転資金は「売掛金+在庫-買掛金」。売上規模ではなく立て替え日数で決まります。
  • 増収は資金を消費します。 増えた売上×立て替え日数÷365日が、追加で必要な額です。
  • 打ち手の順番は「見える化 → 時間を買う → 構造を直す」。日数を30日縮めれば、借入せずに現金が生まれます。

まずは自社の数字で、必要額を出してみませんか

必要運転資金と不足額は、決算書と試算表の5つの数字が揃えばその場で概算できます。ただし「いくら足りないか」と「なぜ足りないか」は別問題で、後者は自社だけでは見えにくいものです。

当室では中小企業診断士による60分無料相談を承っております。決算書2期分と直近の試算表をお持ちいただければ、その場で必要運転資金・不足額・優先して縮めるべき日数の見立てをお伝えします。現状の整理だけでも、お気軽にご相談ください。

決算書と試算表があれば、必要額と不足額をその場で概算します

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